Mike The Bike

小父さんは乗り物で遊びます!

Category :  モーターサイクル
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FI2313549_0E1960年代後半の日本モトクロス界全盛時代にヤマハの鈴木忠男と人気を2分していたのが鈴木誠一や長谷見昌弘等を輩出していた当時最強の城北ライダース所属のスズキを駆る矢島金次郎でした。

ヨーロッパスタイルの華麗なライディングは鈴木忠男の豪快なそれと対照的で、それぞれが個性があり、特にカウンタージャンプの格好良さはピカ一でした。
丸金マークのローメル ヘルメットがださ格好良かった!

これは71年の開幕第1戦のスズカで写し、秋の神鍋大会でサインして貰いました。

引退後は鈴木忠男がSP忠男で大成功したのとは対照的に店の経営にも失敗し、その後に出たエンデューロレースの練習中に逆走してきたライダーと激突して亡くなるという悲劇的な最期でした。
検索してみても殆どヒットしないのは残念です、合掌!
FI2313549_1E名車・RH-72・・・・浜松のパドックにて。
手前から、ロベール、デコスタ、ライエーの3人のワールドチャンピオンが乗っていた。



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コメント

No title
はじめまして。<BR>矢島さんは、私が川崎市多摩区に住んでいたころ、長男が幼稚園で同級生だつた子の父親が経営していたバイク屋さんで働いていました。このお店で働いていた頃に事故で亡くなられた事を覚えております。私もこのお店で中古の80のMRを購入したとき矢島さんに整備してもらいました。あの事故は本当に残念でした。このページには私が小学生の時に親から買ってもらった光風の健康号を検索して偶然訪れさせてもらいました。これからも訪れさせて頂きたいのでよろしくお願いします。
2008/03/28 00:06URL  エル #79D/WHSg[ 編集]

No title
こんばんわ!エルさん。<BR>ご覧頂き、有り難うございます。<BR>60年代後半の矢島金次郎氏は、今のオートバイライダーとは比べ物にならない大スターでした。それだけに、最後が不遇に終わったのは残念です。<BR>この写真のころは、吉村太一が台頭し始め、全盛期を過ぎていましたが、相変わらず、ライディングフォームの格好良さはピカ一でした。<BR><BR>光風自転車はメーカーとしては、結構マニアックな自転車を作っていた記憶が有ります。<BR><BR>備忘録として自分の為に書いているような話ばかりですが、また、ご覧下さい。
2008/03/28 03:53URL  Mike #79D/WHSg[ 編集]


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